ミミと光子郎

                続・ピースキーパー

                 まるでディアボロモンのようだ。
                 ……何故そう思ったのか、実はよく解らない。ミミは話を聞いて「ディアボロモンが遊び相手にこの世界を選んだだけ」 という光子郎の言葉を受け、漠然とそういう感想を持った。
                 光子郎は相変わらず背を向け、ミミを振り向きもしない。
                 ただ振りほどいたり無視をされないだけで喜んでいる自分がいじましい、とミミは思う。彼女は人の注目を一身に集める タイプで、それが生き甲斐という訳ではないにしろある程度の自尊心は持っていた。だが、この少年は彼女の美貌にも美声 にもスタイルにも話題にも興味を示さない。
                 では何故自分はここに居るのか?何故ここに居続けられるのか?ミミにはそれを正しく表現する事が出来ない。でも、彼 女はここに居るし、彼もここに居る。
                 「……ねえ、どうして欲しい?」
                 ミミは思い切って訊ねることにした。悩んでいても解決しないなら即行動、という性格だから。
                 「――――――何がですか」
                 上擦りを警戒したような少し押さえた声で、光子郎が訊いた。
                 「だから、こーしろーくんは私に何をして欲しいの?ってきいてんのよ」
                 訝しがる光子郎の声に怯みもせず、ミミはさも当たり前のように応える。
                 「なんですか、急に」
                 またいつもの発作かと諦め顔半分、抜かりない思案顔半分で光子郎は慎重にもう一度訊ねた。
                 「だって、何かして欲しいから話し掛けたんでしょう?」
                 あっけらかんとした顔にはもちろんどう穿って見ても裏の表情など窺い知れない。抜けるような青空の如く、何処にも何 も潜ませないミミに光子郎は理性的な畏れと同時に本能的な恐れを感じる。
                 「……意味が無いと話し掛けちゃダメなんですか?」
                 ふと目を逸らし、光子郎は出来る限りの平静を装って声を出した。僕は君なんて平気だよ、と自分自身に言い聞かせなが ら。
                 「本当、素直じゃないわよね。甘えたいんでしょ?甘えさせてあげるわよ。だから、どうして欲しいのか言いなさいよ」
                 その言葉に、光子郎は渋い顔をしてのろのろとミミの方をもう一度振り向かせる羽目になる。その顔を見るとミミは満足 げに笑い、ノートパソコンをパタンと静かに閉じた。
                 「比喩表現ですよ」
                 精一杯の虚勢を張り、彼は考えうる限りの呆れ顔を形作る。
                 「嘘。イジケ電波がビーリビリしててミミちゃんは感電しそうよ」
                 だがそれは無駄でしかなかった。
                 「甘え方を知らないのよね。いいわ、教えてあげる。甘やかしてもらえる時は甘えたらいいのよ。滅多にないんだからさ 、そういうこと」
                 ミミはそう言い終えるが早く、光子郎の体をぎゅっと抱きしめた。
                 頭を撫でながら、微かな声で囁く。
                 「怖かったのね。でももう大丈夫よ、何も心配ないわ」
                 まるで母にそうされた記憶を正直に辿る姉のように、ミミは光子郎を抱きしめた。
                 「光子郎はいい子ね、優しいいい子ね。世界を守ったとってもいい子ね。」
                 意外に柔らかな赤い髪は撫でられるとしんなりと下を向き、手を離すとまた元に戻る。
                 「みんな大好きよ。光子郎の事をみんな大好きよ。だから安心していいのよ」
                   ミミはそう呟き続けながら、彼がただ欲しいものだけを与えた。惜しみなく、心を込めて。
                 彼女の言葉に、硬く力んでいた光子郎の体が少しずつ緩んでゆく。少しずつ重さを増してゆく。
                 どのくらい時間が経ったのだろう。
                 数分だったかもしれないし、数時間だったかもしれない。
                 光子郎が完全に力を抜き、リラックスの極みに到った時、彼の意識はとんだ。緊張状態から一転して張り詰めたものを緩 められた反動を緊急事態と勘違いした彼の無意識が自己防衛したのだろう。
                 眠ってしまった彼の何とかベッドに引きずり上げ、横たえて肌掛け布団を被せ、ミミは気を失ったように眠る光子郎の顔 を見ていた。
                 「……バカな奴。」
                 光子郎は感情の出力の加減がわからない。それはミミも同じだが、彼女は感情の扱いを解らないながらも出すことには慣 れている。光子郎はその真逆だから性質が悪い。
                 溜めて溜めて溜め込んでから爆発するタイプは、発散行動が不発に終った場合、自滅する。
                 それをミミは本能で知っていた。
                 「いつもは煩そうにしながら構ってくれるくせに、妙に黙って……
                 もっとちゃんと解るように言いなさいよ。甘えたい、寂しい、怖い、助けて、って。
                 私たち、仲間でしょう?」
                 光子郎の目は伏せられたまま、ミミの言葉に反応する素振りも見せない。彼女はそれを気にも止めずに視線をどこか遠く へ漂わせたまま、呆然とした声で呟いた。
                 「……仲間だから言えない事もある…か…」
                 それはいつもの彼女らしくない絶望的で茫漠とした取り留めもやる方もない失意。光子郎は本音を気付かせてもくれない 。でも彼女はここにいるし、彼はここにいる。
                 「ねえこーしろーくん、パソコンを盾にするのはやっぱり卑怯だと思うわ」
                 私はいつでも武器も盾も無く戦っているのに。
                 ミミはそれを口に出すことなく、机に向かってペンを走らせる。
                 「目を見て話して、もっと触らせて、もっと教えて、もっと笑って、もっと構ってよ。」
                 ――――――――もっと見せてよ、泉光子郎を。
                 ミミはそう言って音を潜ませて部屋を出て光子郎の母に挨拶し、泉家を後にした。
                 机の上に一枚、置き手紙を伏せて。
                 “今度はミミの番だからね”

                17:50 2006/07/24

                 


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