太一と光子郎

                better - fly

                 「光子郎は好きな奴とかいんの?」
                 突拍子も無く太一さんがそう尋ねた。
                 「なんですか急に」
                 僕はパソコンから目を逸らさない。
                 「どうよ」
                 「……太一さんはどうなんですか」
                 軽々しく尋ねる彼に多少辟易しながらも話は逸らさない。
                 「おれかぁ?……おれは……まあいいじゃねえか」
                 「話になりませんね。自分の手の内を明かさない人に教える気はありません」
                 「ちぇー、ケチ」
                 「対等に秘密の共有をしようというならまだしも、人の秘密だけ聞き出そうなんて浅ましいですよ」
                 急に何を言い出すのかと訝しげに太一さんのほうに視線を向けると、遠い目で窓の外を見ていた。
                 その姿が妙に小さく、なんだか危うげに見える。
                 「また空さんとケンカでもしたんでしょ」
                 「……あいつ好きな奴いるんだってさ」
                 一拍以上おいて、いつもと違う太一さんの声がした。
                 「俺じゃないんだって。……ヘコむよなぁ……」
                 「あ………っ」
                 まずいときに声を出した、と自分でも思った。
                 「結構あったんだけど、自信」
                 それからどちらからも何も言わず、ただ黙って彼はガラスの向こうに視線を這わし、僕は手元のノートパソコンがカリカリ小さく唸るのを見ている。なんと声を出していいものかと考えあぐねてもちっとも思いつかない。
                 「ミミちゃんからメール来る?」
                 その沈黙を破った声はぼそぼそと元気が無くて、まるで彼らしくなかった。
                 「……来ますけど……」
                 「けど?」
                 「なんか向こうでマイケルとかゆー仲のいい友達が出来たそうで」
                 「……思いっきり男の名前だな」
                 「その人は選ばれし子供らしくてデジヴァイスも持ってるそうです」
                 「異国の地で男友達と初めて共有する秘密にしては出来すぎだ」
                 それでも彼はつまらなさそうに姿勢は変えず、窓の外を見ていた。
                 「ヤマト……」
                 「えっ?」
                 「ヤマトだ、多分」
                 何が……と言いかけて、はっと悟った。
                 「ほんとは自信なんかなかったんだ。デジタルワールドに行く前から薄々判ってたんだと思う。だから実はそんなにショックでかいわけじゃなくてさ……だからヘコむっつーか」
                 「………………」
                 何を言えばよかったんだろう。何が自分に言えたんだろう。
                 「光子郎はちゃんと捕まえてろよ」
                 「僕らは別にそういう関係じゃ……」
                 「そっか」
                 素っ気無く太一さんは会話を終えてしまった。何の気なく、突然。
                 「……いえ、これは卑怯ですね。今はまだそういう関係じゃありませんけど、いずれそういう関係になりたい」
                 カリカリというパソコンの作動音が部屋に響く音が妙に大きく感じられた。
                 「少なくとも僕は、ですが」
                 「10年経って、20年経って、そうしたらコレもいい思い出になったりすんのかな」
                 「さぁ……どうでしょう」
                 「中学校行きたくねえなぁ……」
                 「じゃあ同級生ですね」
                 破顔した僕を、眉を下げた太一さんがのそのそと恨みがましそうに見る。
                 「情けない顔しないでくださいよ、みっともない。救世主のリーダーがなんてザマですか」
                 ふ、と自虐的に太一さんが笑った。
                 「それとこれとは別だろ。ここじゃただの小学生、さ」
                 ああなんだ、この人は知ってるんだ。自分の手の長さも、届かないものを諦めるタイミングも。
                 自分のように心をあの世界に取り残したままではなく、ちゃんと選ばれた世界から帰ってきているんだ。だが、それができるのは彼が本当に強い人だからだと妬ましくさえ思う。
                 「羨ましいです。僕もただの小学生に早く戻りたい。
                 何か出来るはずだと、きっと未来を好きなように変えられるんだと、そういう希望を持ってるのは辛い。本当は何も出来ない現実を知るのが怖いんだ」
                 あの世界で、突然自分以上の何かになれた快感を知り、そしてそれをまた呆気なく失い、深い深い喪失感。あの日は空も飛べたのに、今では地面を這いずり回っている。
                 「バカか」
                 「なっ……!」
                 呆れ顔で一言呟かれたセリフは冷たく、共有していたはずの孤独に自分だけ突き落とされたような気がして僕は一人焦り、怒りを覚えずにいられない。
                 「納得する場所を探すのは希望を捨てる事じゃねえ。諦めることが逃避であってたまるか。おれは小学生だからヘコむし失敗するしでっかい壁にもぶち当たる。
                 だけど小学生だからなんか出来るし、未来も選り取りみどりだし、希望をもって現実世界を見に行くんだよ。
                 怖いのはデジタルワールドでも現実世界でもいっしょだ。なんもかわんねー」
                 太一さんは憂いの残る顔で、そう一気に言ってしまった。
                 そして僕は気付く。
                 ああ、この人は、強くてかっこいい。
                 迷い、恐れ、それでも立ち上がり、己を律してみんなを引っ張る。
                 でも弱さを出す術を知らない。
                 弱さを出す術を知らないということは、いくら強くても、脆い。
                 僕の感じていた彼の危うさの正体はこれだったのだ。
                 「元気付けてもらおうと思ったのに、俺が元気付けてどーすんだよ」
                 「根っからのリーダー体質ですね」
                 僕は何でもない風に笑う。でも丈先輩ならきっと優しく彼を甘やかしただろう。ヤマトさんなら殴って叱ったかもしれない。空さんなら……どうしただろう。静かに微笑んで、何も言わないのだろうか。
                 「損な役だ」
                 太一さんは少し大人びた顔で笑った。
                 「……ほんと、そうです」
                 僕は子供の振りをして笑うしかなかった。

                10:58 2006/07/03

                 


                広告 [PR] 花 小説 ブックマーケット お見合い 無料レンタルサーバー ブログ blog